小籔千豊さんは、2026年12月31日で吉本興業との専属マネジメント契約を終え、2027年1月1日からパートナーシップ契約へ移行する予定です。9月26日現在は、年末の契約終了を発表した段階です。
一方、自身が主宰してきた「KOYABU SONIC(コヤブソニック)」は、9月21〜23日の公演をもって最終開催を終えました。契約が変わる時期と、フェスが終わった時期は異なります。ニュースを追う際は、この二つの日付を押さえると経緯がつながります。
この記事では、会社の公式発表を軸に、本人の説明、コヤソニの終了までの歩み、ジェニーハイや今後の公演情報を整理します。情報確認日は2026年9月26日。取材記事の内容は媒体と日付を示し、まだ公表されていない活動を予測で補うことはしません。
小籔千豊の吉本退社はいつ?年末で専属契約を終了
2027年からはパートナーシップ契約へ
吉本興業が9月2日に掲載した公式発表で示した日程は、専属マネジメント契約の終了が2026年12月31日、新たな契約の開始が2027年1月1日です。会社は、小籔さんから新しい環境で活動に挑戦したいという申し出があり、その意向を尊重して双方が合意したと説明しています。
また、契約を変えた後も活動を支援する方針が明記されています。「退社」という見出しだけでは、吉本との関わりがすべてなくなるように受け取られがちですが、発表にあるのは専属契約の終了と、その後の協力関係です。
ただし、同発表には個々の仕事の担当、収益配分、スタッフの配置などの詳細はありません。パートナーシップという名称だけから、誰が営業や日程調整を行うのかまで決めつけることはできません。ファンにとっては、契約の名称に加え、今後発表される出演・公演の情報を確認することが大切です。
本人が説明した理由は、新しい挑戦への思い
テレビ朝日の9月2日付記事は、小籔さんが同日のInstagramで退社を報告したと伝えています。記事によると、思いついたことに挑戦し、人生の最後に後悔を残したくないという気持ちが年々強くなったことが、今回の決断につながったそうです。
同じ投稿では、会社の幹部が丁寧に話を聞いてくれたことへの感謝にも触れ、2026年末まではこれまでどおり吉本興業で活動する考えを示しています。本記事ではInstagramの内容を、この報道を通して紹介しています。
こうした説明から読み取れるのは、本人が今後の働き方を変えたいと考えたという点です。具体的な新事業や移籍先がこの投稿で発表されたわけではありません。挑戦への意欲と、すでに確定している事業計画は分けて受け止める必要があります。
7月の終了発表から9月の最終開催まで
今回の話題は、一度の発表ですべてが明らかになったものではありません。フェスの終了が先に伝えられ、その後に契約変更の発表があり、最後の公演で本人がさらに思いを語っています。
- 7月21日:コヤソニの概要説明会見で、2026年を最後に開催を終えると発表。
- 9月2日:吉本興業が、年末で専属契約を終え、翌年から契約形態を変更すると発表。
- 9月21〜23日:インテックス大阪で「KOYABU SONIC 2026」を開催。
- 9月23日:最終日の取材で、小籔さんや共演者が終了への思いと今後について説明。
7月の段階では、終了理由を後日説明するとしていました。ENCOUNTの7月21日付会見記事は、翌年の開催をしないという本人の説明とともに、最後の年に向けた準備を紹介しています。芸人の出演を充実させ、女性用トイレや充電スポットなどの設備も増やしたという内容でした。
同記事で小籔さんは、当初思い描いていた以上にイベントの規模や出演者、来場者が増えたという充実感も語っています。最終開催を発表した時点で、すでに終わり方を意識しながら、公演の内容や会場の使いやすさを整えていたことが分かります。
古い記事の「理由は後日」という見出しだけを見ると、今も何も説明されていないように感じるかもしれません。7月の説明と、契約変更が公表された後の9月の発言を日付順に読むことで、途中の情報を現在の状況と取り違えずに済みます。
コヤソニはなぜ終了?本人が語った吉本とのつながり
自分の退社とフェス終了を結びつけた発言
9月23日のFANY Magazineによるスチャダラパーとの会見記事では、小籔さん自身が、吉本を辞めると決めたことでフェスも終わるという趣旨を語っています。公演が終盤に近づくにつれ、長く関わった出演者を舞台袖で迎える機会がなくなることへの寂しさも感じたそうです。
この説明では、長年の共演者や社員、スタッフ、スポンサー、観客への感謝が中心になっています。少なくとも、確認した会見記事を根拠に、対立や不仲が終了理由だと書くことはできません。
フェスは主宰者の名前を冠していても、その人だけで運営できるわけではありません。本人の出演に加えて、会場の準備、出演者との調整、当日の進行など、多くの仕事が必要です。今回の発言では、そうした支えを含めて吉本で行ってきたイベントだったことが示されています。
新しいフェスの名前は、開催決定の告知ではない
FANY Magazineが9月24日に掲載した終了後の囲み取材では、ステージで話題になった「ミュージックコヤブジャパン」についても説明がありました。小籔さんによると、これはトークの途中で思いついた名称で、実施が決まった企画として話したものではありません。
さらに、吉本の社員による大きな仕事量や、芸人に声をかけられる環境がコヤソニを支えていたと振り返っています。新しい名称が出たからといって、後継フェスの開催日や会場、チケット発売を待つ段階に入ったわけではないのです。
今後、別の催しが実現する可能性まで否定する必要はありませんが、現時点で紹介できるのは本人の発言の範囲です。次のフェスがあるかを知りたい場合には、名称だけが切り取られた投稿より、主催者による開催概要の発表を確認すると判断しやすくなります。
18年の歴史と14回の開催、コヤソニが育てた交流
コヤソニの歩みを振り返る記事には、「18年」と「14回」という二つの数字が出てきます。前者は2008年の開始から2026年までの歴史、後者は今回までの開催回数を指しています。18年連続で18回行われた、という意味ではありません。
コヤソニ公式サイトには過去の開催年へのリンクが残り、2008年からの歩みをたどれます。2026年のページは全公演が終了したことを案内しています。これから参加するための開催告知として読むのではなく、今年の出演者や公演を振り返る資料として利用できます。
音楽だけでなく、笑いとゲームが同じ会場に
公式の出演者一覧は、アーティスト、芸人、フォートナイトの参加者という形で分かれています。たとえば最終日は、ジェニーハイやスチャダラパー、サンボマスターなどに加え、ニッポンの社長、ミルクボーイ、ロングコートダディらの名前が並んでいました。
9月22日掲載のFANY Magazine初日レポートによると、最後の開催でも小籔さん自身が出演者を選び、音楽と笑いとゲームを組み合わせた構成を続けています。初日の幕開けには、紅しょうがの熊元プロレスさんにそっくりなアイドルという設定の「くまま」が登場しました。
漫才やコントを楽しんだ後にライブを見たり、お笑いの出演者が音楽のステージに関わったりするところに、この催しの特徴がありました。小籔さんをテレビのトークで知った人にとっても、主宰者としてどんな場を作ってきたかを理解する手がかりになります。
スチャダラパーとの会見では、当初の会場が大阪城音楽堂だったことや、ビッグポルノとして活動していた小籔さんが自分たちのフェスを作ろうと考え、声をかけた経緯も語られています。長く出演してきた相手と最後まで同じ舞台に立ったことが、最終開催の背景にあります。
ゲームの場でも語られた、次の挑戦
9月21日付のFANY Magazineのフォートナイトエリア取材では、同エリアが4年連続で設けられたことが紹介されています。新喜劇座員や来場者、ゲームのプレイヤーが参加し、観客が大型モニターで対戦を見守る場になっていました。
この取材で小籔さんは、ゲームを通じて子どもと同じ目線で会話できたり、教えてもらえたりしたことを振り返っています。また、操作方法をコントローラーからマウスとキーボードに変えたことや、今後も取り組んでいく意欲を語りました。
小規模でも親子大会を開ければ、という希望も述べています。ただし、ここで紹介されたのは本人の希望であり、募集が始まった大会情報ではありません。大きなフェスの終了だけを見るよりも、音楽やゲームへの関心がその後も続いていることに目を向けると、本人のいう挑戦の幅が見えてきます。
最終日はジェニーハイと池乃めだか、感謝を伝えて閉幕
FANY Magazineの9月25日付最終日レポートは、今回の3日間の動員を計1万8000人と伝えています。これは同媒体の報告による人数で、本記事が独自に集計した数値ではありません。
最終日は、小籔さんがドラムを担当するジェニーハイが演奏し、その後に池乃めだかさんも登場しました。めだかさんとのトークや歌を経て、出演者たちが集まるエンディングへ進み、最後は会場のモニターに小籔さんの直筆の感謝の言葉が映し出されたと報告されています。
同日のステージには、たこやき野球連盟も出演しました。ギターの辻コウシエンさんは、ニッポンの社長の辻クラシックさんのバンドでの名義です。芸人としての活動と音楽活動が同じ催しにつながる一例といえます。辻さんの最近の発表や改名については、辻クラシックの結婚報告と今後の活動を整理した記事でも紹介しています。
ここで挙げた公演の様子は公開されたレポートに基づくもので、筆者が現地で見聞きした体験談ではありません。最終日の具体的な演目や写真を詳しく確認したい方は、リンク先の公演レポートを参照できます。
ジェニーハイはどうなる?フェス終了後も続ける意欲
日刊スポーツの9月23日付記事によると、ジェニーハイは前年9月にワーナーミュージックとの契約が終わり、活動を休止。その後、2026年7月にコヤソニでの復活を発表し、9月23日に約1年ぶりのステージを行いました。
この日の演奏は「ジェニーハイラプソディー」など10曲で、新曲も披露されたと報じられています。同記事は、その時点で次のレーベルは決まっていない一方、川谷絵音さんが活動を続ける方向の発言をし、小籔さんも活動を支えるレーベルに呼びかけたと伝えています。
終了後のFANY Magazineの取材でも、川谷さんはコヤソニ以外の場で活動したいという思いを語り、新垣隆さんもこのメンバーで続けたいと話しています。これらは今後への意欲を示す発言です。新しい契約の締結や次のライブの日程まで発表したものではありません。
つまり、フェスという出演の場が終わったことと、バンドそのものの活動方針は別に確認する必要があります。今後の作品や公演を待つ場合は、メンバーのコメントに加え、バンドとしての正式な告知が出た段階で日程や参加方法を確かめるのが確実です。
座長勇退と今回の契約変更は、別の出来事
小籔さんの情報を検索すると、吉本新喜劇の座長を勇退したという過去の記事も見つかります。吉本興業の2022年1月14日付発表は、同年8月の公演で座長を勇退し、その後も新喜劇に出演すると案内していました。
これは2022年の役割の変更についての発表です。今回の2026年末の専属契約終了とは、時期も対象も異なります。座長という役職、事務所との契約、主宰するフェスは、それぞれ分けて整理すると理解しやすくなります。
また、2022年の発表に出演継続と書かれていることだけを根拠に、2027年以降の出演頻度や演目を保証することもできません。これから新喜劇で見たい場合は、個別の公演の出演者欄を見る必要があります。過去の発表は経歴を知る資料、最新の公演案内は観覧を検討する資料として使い分けられます。
今後の仕事は?本人の説明と確認できる公演予定
新体制の具体像は、これからの発表を待つ段階
TBS NEWS DIGが9月24日に伝えた最終日の囲み取材では、小籔さんは新しい体制について具体的なことはほとんど決まっていないと説明しています。マネージャーや一緒に仕事をする人もまだ見つかっていないとし、パートナーシップ契約の内容も今後詰める段階だと話しました。
今後の報告については、半年から9か月ほど待ってもらえれば、SNSなどで伝える機会が来るという趣旨の発言をしています。これは目安として語られたもので、発表会の日程や事業の開始日が確定したという意味ではありません。
同じ取材で政界進出については本人が否定しています。新しい挑戦という言葉から、本人が説明していない進路を推測して広げる必要はありません。現段階では、具体的な活動計画は今後の本人発信で確認する、という整理になります。
10月2日には土肥ポン太とのトークライブ予定
今後の出演を具体的に知りたい方には、すでに案内されている公演が参考になります。FANYチケットの公演ページでは、「小籔と土肥ポン太のトークライブ〜悪口を百個、恵んであげる〜」が掲載されています。
- 日程:2026年10月2日(金)
- 開場・開演:19時開場、19時30分開演
- 会場:大阪・心斎橋パルコ SPACE14
- 出演:小籔千豊さん、土肥ポン太さん
- 掲載料金:全席指定、前売3500円
9月26日の確認時点では、前売券は予定数終了の表示でした。公演ページがあることと、今すぐチケットを購入できることは別です。当日券の有無や販売状況は、この情報からは保証できません。観覧を考えている方は、公式ページの最新表示と注意事項を確認してください。
この公演は年末の契約終了前に予定されているものです。ここから翌年以降の仕事量を推測するのではなく、まず確定している近い日程として確認できます。
これから確認したいのは、新体制と個別の活動発表
今回、日付まで公表されたのは年末・年始の契約変更で、コヤソニは9月23日に最終開催を終えています。ジェニーハイの継続への思いや、ゲームの大会への希望なども語られていますが、それぞれの実施日程は別の発表を待つ段階です。
今後は、会社や本人が示す新体制の説明、バンドの公式告知、公演ごとの出演情報を追うと、何が実現したのかを確かめられます。大きな節目を迎えた小籔さんが次に何を始めるのか、確認できた情報を一つずつ見ていきたいところです。


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